教室レポート

庭の作品 その4

熊谷守一(前から敬称を略させて頂いています)の話ついでに、もう少し私が面白いと思ったエピソードを綴ってみます。守一がどのような人物なのか、今までご存じなかった方でもイメージが浮かんでくると思います。私が勤め出して数年経った頃の1982年に京都国立近代美術館で「坂本繁二郎展」が開催されました。今では記憶が定かではなかったのですが、これは生誕100年記念として開かれたものでした。代表作「水より上る馬」のようなパステル調の柔らかい色調の絵が印象に残っています。蛇足ですが、青木繁も同郷久留米で同じ年に生まれています。この坂本と親交のあった守一が「なくなった坂本繁二郎さんは、若いころから名誉とか金とかには、全く関心のない人でしたが、いい絵を一生懸命に描かなければならないという感じは持っていたようです。しかし、私は名誉や金はおろか、『ぜひすばらしい芸術を描こう』などという気持ちもないのだから、本当に不心得なのです」と語っています。また、昭和四年ごろから10年間ぐらい二科会の研究所で若い人に絵を教えていたのですが、「書生さんに『どうしたらいい絵がかけるか』と聞かれたときなど、私は『自分を生かす自然な絵をかけばいい』と答えていました。下品な人は下品な絵をかきなさい、ばかな人はばかな絵をかきなさい、下手な人は下手な絵をかきなさい、とそういっていました。結局、絵などは自分を出して自分を生かすしかないのだと思います。自分にないものを、無理になんとかしようとしても、ロクなことにはなりません。だから、私はよく二科の仲間に、下手な絵も認めよといっていました。」今日のところは二つのお話ですが、何かのために絵を描くのではなく、自分を生かす一つの手段として守一は自然体で絵を描いていたのでしょうか。さて、今回の写真は斑入りアマドコロが後ろに繁殖している作品です。垂直面での構面シリーズの一つで、多くの作品は3枚の面で閉じていたのですが、この作品は何枚も連続して拡がっていく形に仕上げています。来年(2022年)、隔年開催で10回目となるくらしき「この器 この花」展というのが倉敷市文化振興財団主催で開かれますが、第1回展の時にこれと同形のものを三つ合わせて花器としたものを出品しました。この形は水を入れる部分がありませんので、水盤状の器の上にのる形式をとっています。しかし、いわゆる花器ではありませんので、お花の先生は苦心されて面白い作品にしてくださいました。