教室レポート

庭の作品 その11

前回に守一の考えていることをみてきましたが、こんなエピソードがありました。1967(昭和42)年守一87歳の時に、文化勲章を受けるかどうか問い合わせがありました。余談になりますが、わが郷土の平櫛田中先生は1962年90歳で文化勲章を受章されています。守一は詳しく語っていませんので、2017年山崎努主演で妻秀子役を樹木希林が演じた映画「モリのいる場所」の脚本を基に書かれたフィクションの小説からこの時の場面を引用させて頂きます。「文化勲章は、科学技術や芸術など文化の発展と向上にめざましく貢献してきた者が選ばれる。…画家の熊谷守一氏は、なかでも真っ先に決定した。私は選考委員会の一人として、先生のご自宅に電話をかけることになったのである。…『私、文化功労者選考委員会の春日部と申します。このたび、熊谷守一先生に文化勲章が授与されることが決定いたしました。おめでとうございます。つきましては、十一月に皇居宮殿松の間で行われる勲章の授与式にご出席をお願いしたいのですが…』『ああ、そうなんですか。ちょっと主人に訊いてみますね』『国が文化勲章を…』次の瞬間、野次馬が騒然とする声が聞こえた。『どうしましょ?』と秀子氏が訊ねる。熊谷氏の反応を聞きたくて、私は耳をそばだてる。『いや、いい』『ん?…』と秀子氏。『そんなもんもらったら、人がいっぱい来ちゃうよ』『…それもそうやね』『袴穿きたくないし…』私は耳を疑う。『ああ、すいません、いらないそうです、はい』かくして電話は一方的に切れた。」事実と異なる点が多少あるのかもしれませんが、大体こんな会話がなされたのでしょう。守一は「わたしは別にお国のためにしたことはないから。」「残り少ない命をせめて自分のやりたいように生かしてくれ。これ以上人が来るようになっては困るから。」と辞退したそうです。守一は言っています。「わたしは生きていることが好きだから他の生きものもみんな好きです。」何かのために生きるのではなく生きていることを楽しんでいるのです。そのためには「もっと放っといて長生きさせてくれっていうのが、正直なわたしの気持ちです。」となるのでしょう。

さて、写真にはムラサキツユクサの後ろに陶板状のものが写っていますが、これは「庭の作品 その3」でご紹介したもので、今日はさらにその奥に写っている甕のような作品についてです。表面の様子がよくわかる写真の方が本当はよいのですが、細かい凹凸があります。なぜ凹凸があるのかというと地面を掘った跡がそのまま写し取られているからで す。地面を掘るというと1968年に関根伸夫さんが神戸の須磨離宮公園で制作した「位相ー大地」という作品を思い出しますが、私にも1992年に韓国の全州郊外で制作した作品があります。(詳しくは かたち 復刊第21号、22号 1992年かたち社)2枚目の写真ですが遠景に韓国の山、そして左側テント前に韓国の陶芸家の作品「韓国の山」があり、手前に私の作品があります。一週間程度で制作しなければならないため、野焼きの手法を採用し、環境アートとして新たな山と湖を出現させたのです。これを制作するにあたり地主である大学の先生に了解を取り付けるのに苦労しました。この場所には芝生が植えられていて、穴を掘られた上に焼かれてしまっては困るというわけです。地中の穴と土の塊を焼いたのですが、ご覧のように廃材や丸太で焼いただけですから表面しか焼けず、数年で元の状態に戻ったようです。後日来岡された地主の先生からどうなっているか伺ってわかりました。この時の体験もあり、1997年「現出する器」のシリーズが始まるのですが、大地から実際に器を作ったのはこの1点だけで、他の作品は土の塊状のものに様々な形の器が組み合わされています。